憲法 人権|検閲の禁止と教科書検定(第一次家永教科書事件判決)
憲法の「なぜ?」を解説します
教科書検定が 憲法で禁止している検閲に当たらないのはなぜ?
教科書検定は、文部科学省が事前に審査し、不適当と判断されたものは教科書としての発行を認めない(または削除・修正を求める)ものです。
これが憲法で禁止している検閲(行政権が表現物を発表前に審査し、不適当と判断したものを発表を禁止すること)に当たるのではないか、という問題について判例は、検閲には当たらないとしました(第一次家永教科書事件判決)。
この文部科学省の行為は検閲に当たりそうな気もしますが、判例はなぜそれには当たらないとしたのでしょうか?
発表を禁止しているわけではないから
判例は、教科書として出版できなくても、一般図書としての出版を禁止しているわけではないので、検閲には当たらないとしました。
比較
第一次家永教科書事件は現在の文部科学省という「行政」が主体になっていました。
それと比較して、司法である裁判所による出版物発行による事前差止めは、検閲には当たらないとされています(北方ジャーナル事件判決)。
このように結論が変わるのは、裁判所による事前差止めは、検閲の定義の「行政権が主体となって…」に当てはまらないからです。
では、なぜ行政権が主体だと検閲で違憲となり、裁判所が主体だと検閲に当たらず合憲になるのでしょうか?
それは、これまでの経験則によるところが大きく、以下のような歴史的背景があるからです。
- 行政権が主体のとき → 人権を害してきたことがあった
- 裁判所が主体のとき → 人権を守ってきた
ただ、裁判所の事前差止めも行きすぎると人権を害することになりますので、厳格な要件の下、例外的に許されるとされています。

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